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新たな歴史が刻まれた日。

 毎日上司から『この仕事向いてない』と言われ、暗に『辞めろ』と言われ続けている毎日です。確かに、売り上げが激ヤバなのでいた仕方ありませんが・・・。またクビになったら、今度こそ桜の木の下で身長伸ばしか、都庁舎展望室からワイヤレスバンジーですよ・・・。

 それは兎も角。今日はみのりんの武道館公演でした。
みのりんの2005年1月2日の日記には“いつか武道館やドームでライブをしたい”というようなことが書かれており、それを数年かけて実現させたのは本当にスゴイと思います。

 ここでみのりんのこれまでの軌跡を辿ってみると、高校生の時には既にオーディションを受けていました(17歳。Message 02より)。その後、aaaのボーカル専攻コースへ入り、卒業間近に開設された声優タレントコースへ。それが2002年の9月頃(瀬野MG by twitter)。

 そして、自分がその頃何をしていたか思い返してみる。
17歳。高校生。声優になりたいと思って色々調べていた。
2002年9月。大学生。

 ふと思い返してみると、自分は何かにじっくり打ち込んだことが無いことに気がついた。
例えば大学受験。声優になりたいと思っていたのに何故大学へ行ったのか。それは、声優業界について色々調べてみたら、声優になるのは大変で、尚且つ、声優でい続けることも大変だと知ったから。でも、10代でそこまで心配するのは間違っていた気がする。確かに、何年も売れず、30過ぎで実質はフリーター、なんてこともあるかもしれない。でも、今の自分は大学を出たのにフリーター。

 それで、根本を辿ると、そもそもが行き当たりばったりだったように思う。
『声優になるのは大変そうだから大学へ行く』。でも、特に目的があって入ったわけではない。何がしたいのかわからず、目の前の事(つまり、大学の勉強)に打ち込んでいるうちに興味が出て、1年の終わり頃には研究者になりたいと思うようになったのだけど、そもそも根本の土台がきちんとしていないため、大学院受験するかどうか、また、何を専攻するのか4年生になるまで決まらず。

 何となく、大学院受験はそれなりの期間打ち込んだように読めるかもしれませんが、『研究者になりたい』と思った大学1年の終わりから、確定した大学4年の初頭までの約2年間は、『何に興味があるのか(研究するのか)』ということを考えていた期間であり、実際の受験科目を勉強した2年間(大学4年&卒業後の1年)とは質が違います。

 結局、今、こうして不安定な位置にいるのは、ひとつのことにじっくりと取り組まず、フラついた人生を送ってきたから、ということになる。また、それだけではなく、大学院受験をやめるとき、次の目標を何も持たないままやめてしまったことも影響していると思う。

 今更後悔しても仕方ない。ただ、何か目標を持たなければならないことは確か。今の職場で、『向いていない』といわれると同時に自分の性格についても教えて頂いている。ここで自分の性格を考えると、何となく向いていそうな仕事が見えてくる。或いは“再挑戦”ということで、声優や大学院受験、というのもありかもしれない。はたまた、国家資格を取るとか、医学部へ入り直すとか・・・。

 いずれにせよ、人生について考え直す時が来ているのは確か。

オリオン サザンスターPageTopMinori Chihara Live Tour 2010 ~Sing All Love~

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